東京高等裁判所 平成12年(ネ)1466号 判決
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 第一事件
1 主位的請求
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴会社は、控訴人に対し、六九八五万四一六七円及びこれに対する平成一〇年二月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(控訴人は、「被控訴会社は、控訴人に対し、三億円及びこれに対する平成一〇年二月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。」との請求を右のとおり減縮した。)
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴会社の負担とする。
(四) 仮執行宣言
2 予備的請求
(一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴会社は、控訴人に対し、二七二七万円及びこれに対する平成一〇年四月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(控訴人は、「被控訴会社は、控訴人に対し、三億円及びこれに対する平成一〇年四月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。」との請求を右のとおり減縮した。)
(三) 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴会社の負担とする。
(四) 仮執行宣言
二 第二事件
1 原判決を取り消す。
2 平成一〇年二月二八日開催の被控訴会社の株主総会においてされた亡玉井孝信に対し退職慰労金を支払わないものとする旨の決議が無効であることを確認する。
3 被控訴人玉井みや子、被控訴人瀬下由美子、被控訴人牛谷宏子、被控訴人長手基義及び被控訴人進藤正雄は、連帯して、控訴人に対し、二七二七万円及びこれに対する平成一〇年二月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(控訴人は、「被控訴人玉井みや子、被控訴人瀬下由美子及び被控訴人長手基義は、連帯して、控訴人に対し、一〇九〇万円及びこれに対する平成一〇年二月二八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。」との請求を取り下げた。)
4 訴訟費用は、被控訴人らの負担とする。
5 第3項につき仮執行宣言
第二事案の概要
第一事件は、控訴人が、被控訴会社に対し、
(1) 主位的に、平成一〇年二月二八日開催の被控訴会社の株主総会においてされた亡玉井孝信(以下「孝信」という。)に対し退職慰労金を支払わないものとする旨の決議(以下「本件決議」という。)が著しく不公正で違法な株主総会決議であり、本件決議により、控訴人が、本来支給されるべき退職慰労金三億円相当の損害を被った旨主張し、不法行為又は不当利得に基づき、右三億円のうち六九八五万四一六七円の支払を、
(2) 予備的に、被控訴会社と控訴人との間で、生命保険契約(生命保険会社・ソニー生命保険株式会社、契約締結日・平成五年二月二三日、保険契約者・被控訴会社、被保険者・孝信、保険金受取人・被控訴会社、死亡保険金額三億円。以下「本件保険契約」といい、その死亡保険金を「本件保険金」という。)に基づき支払われる本件保険金につき孝信の死亡時を始期とする死因贈与契約が成立していたとし、仮にそうでないとしても、被控訴会社が本件保険金を保有することは正義公平の観点よりみて不当利得となるとして、死因贈与契約又は不当利得に基づき本件保険金に相当する三億円のうち二七二七万円の支払を、
それぞれ求めた事案である。
第二事件は、控訴人が、孝信の退職慰労金の支給を否決した本件決議は実質的に著しく不公正な株主総会決議であるとし、被控訴会社に対し、本件決議の無効確認を求め、また、右退職慰労金の支給に反対した被控訴会社の株主である被控訴人玉井みや子、同瀬下由美子、同牛谷宏子、同長手基義及び同進藤正雄の株主権の行使は、著しく正義に反し、権利の濫用に当たるとし、不法行為に基づく損害賠償として、右被控訴人らに対し、孝信に対して支払われるべき退職慰労金三億円の一部である二七二七万円相当の金員の支払を求めた事案である。
(なお、控訴人は、右のとおり、請求を一部取り下げ又は減縮した。)
一 前提となる事実(当事者間に争いのない事実は証拠を掲記しない。)
1 当事者
(一) 控訴人は、平成六年一一月五日、孝信と婚姻の届出をした(甲一)孝信の妻である。
(二) 被控訴会社は、原審における相被告医療法人社団芳寿会(創設者・孝信の父玉井芳幸)経営の玉井病院の建物及びその敷地の所有者である。
(三) 被控訴人玉井みや子は、孝信の母親であり、被控訴人瀬下由美子、同牛谷宏子及び同長手基義は、いずれも孝信の兄弟姉妹である。
(四) 被控訴会社は、孝信、被控訴人玉井みや子、同瀬下由美子、同牛谷宏子及び同長手基義らの孝信の親族が役員を務める株式会社である。
2 事実経過の概要
(一) 孝信は、被控訴会社の発行済株式の総数二万七〇〇〇株(甲四)のうち五〇〇〇株を所有していたものであり、昭和五六年二月二七日、被控訴会社の取締役に就任し、さらに、平成四年四月三〇日、被控訴会社の代表取締役に就任した。
(二) 被控訴会社は、平成五年二月二三日、ソニー生命保険株式会社との間で、被保険者を孝信とし、保険金受取人を初台不動産とする死亡保険金額三億円の本件保険契約を締結した。
(三) 孝信は、平成八年九月二九日、被控訴会社の代表取締役に在任中に死亡した。
(四) 控訴人は、平成九年九月一七日付遺産分割協議を経て、孝信のすべての遺産を単独で相続した(甲一ないし三、弁論の全趣旨)。
(五) 被控訴会社は、平成九年五月三〇日ころ、本件保険契約に定める保険金受取人として、本件保険金三億円を受領した。
(六) 控訴人は、平成一〇年二月二八日開催の被控訴会社の株主総会において、被控訴会社の五〇〇〇株の株主として、株主提案権に基づき(甲六、乙三)、孝信の退職慰労金として三億円を支給する旨の議案(以下「本件議案」という)を提出したが、賛成少数により否決された(以下「本件決議」という)。
二 当事者の主張の要旨
1 第一事件
(一) 控訴人
(1) 主位的請求
<1> 会社と役員との間の委任契約において、一定の事由により退任した取締役には一定の基準に従って退職慰労金ないし弔慰金(以下、単に「退職慰労金」という。)を支給する旨定めた場合には、その合意に従って退職慰労金を支給することが取締役と会社との間の委任契約の内容になると解される。したがって、その合意により定められた基準に従って退職慰労金額が自動的に算定されるときは、取締役が一定の事由に該当して退任したときに退職慰労金請求権が成立する。
本件保険契約は、被控訴会社の孝信に対する退職慰労金の支払に充てる目的で締結されたものである。したがって、被控訴会社が本件保険契約を締結した時点で、被控訴会社と孝信との間で、孝信が死亡した場合には、被控訴会社は孝信に対し、三億円の退職慰労金を支給する旨の孝信の退職慰労金に関する特約が成立し、これが被控訴会社とその代表取締役である孝信との間の委任契約の内容となったというべきである。
そして、孝信が死亡した時点において、被控訴会社に対する三億円の退職慰労金請求権が具体的に成立したものである。
<2> また、会社と役員との間の委任契約においては、特に無償とすべき特別の事情がない限り、退職慰労金の支給に関する特約が黙示的にせよ存在すると解すべきであり、また少なくとも右特約が存在するのが慣例であるから、特に役員が退職慰労金請求権を放棄しない限り、役員は適正な退職慰労金請求権を有するものと解される。
<3> 孝信は、被控訴会社の役員として委任契約上、退職慰労金請求権を有しているところ、被控訴会社は、これを知り又は知り得べきであったのに本件決議をもって退職慰労金の支払を拒絶したものであるから、本件決議は著しく不公正で違法な株主総会決議である。
民法四四条一項の「理事其他ノ代理人」には社員総会を含むと解すべきであり、仮に、右のように解することができないとしても、社団法人の社員が社員としての資格において他人に加害行為をした場合は、その社団の活動範囲の出来事であり、理事がその「職務」の執行につき他人に加えた損害と実質的に何ら異なるところはない。社会的に見て、多くの人間の行為が、ある目的達成のために連続的・並列的に組み合わされて一つの大きな行為が形成されている法人の行為は、そのまま法人の行為として法律上も扱うべきであり、そこから発生した損害賠償義務は直接法人そのものに帰責される。
以上のとおり、株式会社の株主総会の違法な決議については、株式会社自体が民法七〇九条に基づき不法行為責任を負うべきである。
(2) 予備的請求
<1> 孝信は、平成六年一一月五日に控訴人と婚姻した後、被控訴会社の代表取締役として、本件保険契約は自分の家族の生活保障のために契約を継続する旨の意思を表示した。
したがって、被控訴会社と控訴人との間で、控訴人と孝信が婚姻した後の平成六年中に、孝信が死亡したときは被控訴会社が控訴人に対し三億円を支払う旨の死因贈与契約が成立した。
<2> 仮に、右死因贈与が認められないとしても、被控訴会社が本件保険金三億円を保有することは正義公平の観点よりみて不当利得となる。
<3> 控訴人は、被控訴会社に対し、平成一〇年三月三一日到達の通知書をもって、本件死亡保険金三億円を通知書の到達後七日以内に支払うよう請求した。
(二) 被控訴人ら
(1) 主位的請求について
<1> 被控訴会社と孝信との間の準委任契約において、退職慰労金の支払に関する合意が成立したことはなく、被控訴会社の定款その他の規定においても、退職慰労金の支払を認める規定は存在しないし、特に無償とすべき特別の事情がない限り、退職慰労金の支給に関する特約が黙示的にせよ存在すると解すべき理由もなく、また、退職慰労金の支払をする慣行も存在しない。
<2> 本件保険契約が、被控訴会社の孝信に対する退職慰労金の支払に充てる目的で締結されたもので、本件保険契約の締結をもって、被控訴会社と孝信との間で退職慰労金の支給についての特約が成立したとの主張事実は否認する。
そもそも本件保険契約は、「経営者保険」といわれるものであり、これは、会社の代表者等に不慮の事故等が発生し、会社に損害を与えるような場合に備え、会社の損害を補てんし、もって会社の経営を維持するために締結される保険であるから、控訴人主張のように本件保険契約の保険金ないし解約返戻金をもって退職慰労金の支払に充てるという合意が成立するなどということはあり得ないところである。
仮に、本件保険契約の締結をもって退職慰労金の支払に関する特約が成立し、それが被控訴会社と孝信との準委任契約の内容となったとしても、株主総会においては退職慰労金支給決議がされていないから、控訴人が退職慰労金請求権を取得することはあり得ない(商法二六九条)。
<3> 本件決議が著しく不公正な株主総会決議であるとの主張は争う。本件決議にかかる株主総会の手続等に違法・不当な点は一切存在しない。
なお、株式会社の株主総会の違法不当な決議については株式会社自体が不法行為責任を負うべきである旨の主張は争う。
(2) 予備的請求について
控訴人主張の死因贈与契約の成立の事実は否認する。
2 第二事件
(一) 控訴人
(1) 本件保険契約は、被控訴会社の孝信に対する退職慰労金の支払に充てる目的で締結されたものである。
(2) 本件死亡保険金を度外視して、孝信の被控訴会社に対する退職慰労金の金額を計算すると、次のとおりとなる。
五〇万円(最終報酬月額)×一五年七か月(役員勤続年数)×三・五(平均功績倍率)=二七二七万円
(3) 孝信は、昭和五六年二月二七日、被控訴会社の取締役に就任して以降、被控訴会社の経営に従事してきたものであり、ことに、平成四年四月三〇日、被控訴会社の代表取締役に就任して以降は、自己の本業である歯科医の業務継続を断念し、会社経営に専念し、被控訴会社の業績回復に多大の寄与、貢献をした。
(4) 孝信の被控訴会社に対する寄与、貢献と本件保険契約締結の経緯に照らすと、孝信に対する退職慰労金の支給を否決した本件決議は、実質的に著しく不公正な株主総会決議であって無効である。
(5) 被控訴会社の株主である被控訴人玉井みや子、同瀬下由美子、同牛谷宏子、同長手基義及び同進藤正雄は、退職慰労金の支給にかかる本件決議に反対したが、その株主権の行使は、何ら合理的理由に基づかないものであり、著しく正義に反し、権利の濫用に当たる。
(6) 控訴人は、右(4) 、(5) の被控訴人らの各行為により、本件保険金に相当する三億円の損害を被った。
(二) 被控訴人ら
(1) 本件決議が無効であるとの控訴人の主張は、本件保険契約が被控訴会社の孝信に対する退職慰労金の支払に充てる目的で締結されたものであることを前提とするところ、右前提自体、前記第一事件の主位的請求についての被控訴人らの主張(1) <2>のとおり、到底認められるものではない。
仮に、その主張のような本件保険契約締結の目的が認められるとしても、そのことが直ちに本件決議の無効原因となるものではない。
(2) 前記第一事件の主位的請求についての被控訴人らの主張(1) <1>のとおり、被控訴会社においては、定款に退職慰労金の支払に関する規定はなく、その他においても退職慰労金の支払を認める規定はないし、特に無償とすべき特別の事情がない限り、退職慰労金の支給に関する特約が黙示的にせよ存在すると解すべき理由もなく、また、退職慰労金の支払をする慣行も存在しないから、被控訴会社とソニー生命保険株式会社との間で本件保険契約が締結されたからといって、被控訴会社と孝信との間で退職慰労金の支払に関する特約が成立したという関係に立つものではない。
(3) さらに、株主総会決議の無効原因とされるのは総会決議の内容が法令に違反した場合であることはいうまでもないことであって(商法二五二条)、「著しく不公正な」決議の場合は、総会決議取消の訴え(同法二四七条一項)に服する可能性があることは格別、当然に株主総会決議の無効原因となるものではない。
本件においては、右のとおり、被控訴会社の定款その他の規定に退職慰労金の支払を認める規定はなく、退職慰労金の支払をする慣行も存在しないのであって、控訴人は退職慰労金請求について抽象的にすら何らの権利を有するものではないのであるから、いかなる場合に、いかなる退職慰労金を役員に支給するかどうかは株主総会の専権事項というべきであり、本件決議が実質的に「著しく不公正」な株主総会決議であるということはあり得ない。
(4) 右に述べたとおり、本件においては、いかなる場合に、いかなる退職慰労金を役員に支給するかは株主総会の専権事項であって、本件議案に対して被控訴会社の株主である被控訴人玉井みや子、同瀬下由美子、同牛谷宏子、同長手基義及び同進藤正雄がいかなる決議をするかはそれぞれの自由な意思と判断に委ねられているから、右被控訴人らの株主権の行使が著しく正義に反し、権利の濫用に当たり、不法行為を構成するということはあり得ない。
(5) なお、控訴人は、孝信が被控訴会社の代表取締役に就任して以降は、会社の経営に専念した結果、被控訴会社の業績回復に多大の寄与、貢献をした旨述べるが、孝信が代表取締役に就任中に、被控訴会社の業績赤字の状態が改善されることはなかったのであって、控訴人の主張するような退職慰労金を支払うこと自体、被控訴会社の経営状況にかんがみれば是認できるものではない。
第三当裁判所の判断
一 第一事件について
1 主位的請求関係
(一) 控訴人は、本件保険契約は被控訴会社の孝信に対する退職慰労金の支払に充てる目的で締結されたものであることを前提として、被控訴会社と孝信との間において三億円の退職慰労金の支給に関する特約が成立した旨主張するので、まず、この点について判断する。
本件においては、控訴人主張の目的で本件保険契約が締結されたことを推認することができる客観的な事実を認めるに足りる証拠は存在しない。すなわち、本件保険契約は、「経営者保険」といわれる類型の生命保険契約であって、保険契約者である会社がこのような保険を締結する目的ないし意図は、一般に、<1>会社の経営者・役員等に死亡や高度障害事故が発生し、会社の経営が困難となるような場合に備え、支払保険金をもって会社が被る損害を補てんし、もって会社の経営の維持を図ろうとすること、<2>右のような類型の保険契約については法人税法上、優遇措置が講じられており、支払保険料を全額損金として処理することができるところから、この税制上のメリットを享受しようとすること、<3>支払保険金又は解約返戻金を会社の経営者・役員等に死亡、退職といった事由が発生した場合における退職慰労金等の支払の原資にしようとすること、等にあるものと認められるところ(証人田久保耕一、弁論の全趣旨)、本件保険契約が締結されたのは、孝信が満三二歳の時点であり、保険期間が満七〇歳まで三八年間あること(甲一四)を考慮すると、孝信について遠い将来の死亡、退職といった事由が発生することを見込んで退職慰労金の支払のため本件保険契約を締結したと考えるのは不自然であること、被控訴会社の定款その他の規約上、役員に対し退職慰労金を支給することを予定した規定は何ら置かれておらず、また、本件保険契約締結当時、被控訴会社において役員に対し退職慰労金を支給する慣行や実績があったとは認められないから(乙二、原審における被控訴人長手基義本人尋問の結果、弁論の全趣旨)、退職慰労金の支払のため本件保険契約を締結したと考えるのには疑問があること、本件保険契約は、掛金全額が被控訴会社の損金に算入される限度で締結されており、掛金も全額被控訴会社が支払っていること、本件保険契約締結の際、同時に締結された保険契約者を被控訴会社とし、被保険者を被控訴人玉井みや子とする本件と同種の保険が、大蔵相の通達により掛金を損金に算入できなくなった時点で解約されていること(甲一四ないし一六、乙三、証人田久保耕一、弁論の全趣旨)、以上の事実に照らせば、本件保険契約は、主として、掛金が全額損金に算入できるというメリットがあることから被控訴会社の税務対策を目的として、副次的に、孝信に死亡や高度障害事故が発生し、被控訴会社の経営が困難となるような場合に備え、支払保険金をもって会社が被る損害を補てんし、もって被控訴会社の経営の維持を図ることを目的として締結されたと認められるのであって、控訴人主張のように、退職慰労金支払の原資に充てるため締結されたとは認め難い(保険契約者である会社としては、「経営者保険」にかかる支払保険金ないし解約返戻金を役員の退職慰労金の原資に充てることもできるが、実際に支払保険金ないし解約返戻金をどのような使途に利用するかは、結局のところ、その会社の保険契約者としての権利を行使しようとする時点における経営判断に委ねられた問題であるというほかはない。)。
なお、原審における控訴人本人尋問の結果及び甲第一一号証(控訴人の陳述書)中には、孝信が、生前、本件保険契約の死亡保険金が控訴人らにわたるようになっているから大丈夫であると言っていた旨の控訴人の主張に沿う供述ないし陳述部分が存するが、これを裏付けるに足りる客観的な証拠は存在せず、右供述ないし陳述をもって、右認定を左右することはできない。
そして、他に、控訴人の右主張を認めるに足りる証拠はない。
(二) 次に、控訴人は、孝信が退職ないし死亡したときは適正な退職慰労金を支給する旨の約定が孝信と被控訴会社との間の委任契約の内容となっていた旨主張するが、右主張事実を認めるに足りる的確な証拠はない。すなわち、控訴人は、右主張の根拠として、会社と役員との間の委任契約においては、特に無償とすべき特別の事情がない限り、退職慰労金の支給に関する特約が黙示的にせよ存在すると解すべきであり、また少なくとも右特約が存在するのが慣例であるから、特に役員が退職慰労金請求権を放棄しない限り、役員は適正な退職慰労金請求権を有するものと解されるというが、被控訴会社は、孝信及び被控訴人玉井みや子らの親族が役員を務める小さな個人会社に過ぎないこと、加えて、孝信が被控訴会社の代表取締役に就任した当時、被控訴会社の経営状態が極めて厳しいものであったこと(控訴人も自認している。)を考慮すると、控訴人主張の右前提自体が妥当しない上、実際にも、右(一)のとおり、被控訴会社の定款その他の規約上、役員に対し退職慰労金ないし弔慰金を支給することを予定した規定は何ら置かれていないのであり、かつ、孝信が死亡するまでの間に、被控訴会社において、役員に対し退職慰労金を支給する慣行が形成されたことはもとより、役員に対し退職慰労金が支給された実績もなかったから、控訴人の右主張を認めることはできない。
(三) 右(一)及び(二)によれば、その余の点について判断するまでもなく、平成一〇年二月二八日、被控訴会社の株主総会において、孝信の退職慰労金として三億円を支給する旨の本件議案が否決されたことについて、被控訴会社が控訴人に対し不法行為責任を負う理由はないというべきであり、また、本件決議によって、被控訴会社が控訴人の損失のもとに退職慰労金相当額を不当に利得したものと認められないことも明らかである。
(四) したがって、控訴人の主位的請求は、いずれも理由がない。
2 予備的請求関係
(一) 控訴人は、平成六年ころ、被控訴会社と控訴人との間で、孝信が死亡したときは被控訴会社が控訴人に対し三億円を支払う旨の死因贈与契約が成立した旨主張するが、右主張を認めるに足りる的確な証拠はない。前記のとおり、原審における控訴人本人尋問の結果及び甲第一一号証〔控訴人の陳述書〕中には、右主張に沿う供述ないし陳述部分が存するが、これを裏付けるに足りる客観的な証拠は存在せず、右供述ないし陳述をもって、控訴人の右主張を認めることはできない。
(二) また、右死因贈与契約が認められないこと及び前記1(一)のとおり、本件保険契約が主として被控訴会社の税務対策のため締結され、被控訴会社において掛金全額を支払っていたものであり、孝信に対する退職慰労金支払の原資とすることを目的とするものではなかったことを考慮すると、被控訴会社が本件保険金三億円を保有することが正義公平の観点からみて不当利得になるとは認められない。
(三) したがって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の予備的請求は、理由がない。
二 第二事件について
1 株主総会決議無効確認について
控訴人は、孝信が退職ないし死亡したときは適正な退職慰労金を支給する旨の約定が孝信と被控訴会社との間の委任契約の内容となっていたことを前提として、本件決議が著しく不公正な株主総会決議であって無効である旨主張するところ、前記一1(一)のとおり、本件保険契約が被控訴会社の孝信に対する退職慰労金の支払に充てる目的で締結されたものであるとの事実を認めることはできないし、前記一2(一)のとおり、孝信が退職ないし死亡したときは適正な退職慰労金を支給する旨の約定が孝信と被控訴会社との間の委任契約の内容となっていたとの控訴人の主張する前提事実を認めることもできない(なお、株主総会決議が無効原因を構成するのは決議の内容が法令に違反した場合であって、「著しく不公正な決議」については、一定の要件がある場合に株主総会決議取消の訴えの対象となるにとどまるものと解されるから〔商法二五二条、二四七条一項参照〕、この観点からも、控訴人の主張は理由がないというべきである。)。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の被控訴会社に対する株主総会決議無効確認請求は、理由がない。
2 被控訴会社を除くその余の被控訴人らに対する損害賠償請求について
控訴人は、孝信が退職ないし死亡したときは適正な退職慰労金を支給する旨の約定が孝信と被控訴会社との間の委任契約の内容となっていたとの事実を前提として、本件決議が著しく不公正な株主総会決議であって、被控訴会社の株主である被控訴人玉井みや子、同瀬下由美子、同牛谷宏子、同長手基義及び同進藤正雄の株主権の行使は、著しく正義に反し、権利の濫用に当たる旨主張するところ、右1のとおり、右前提事実を認めることはできない。そして、前記一1の各事実にかんがみると、本件においては、孝信に対し退職慰労金を支給すべきか否かは、原則として株主である被控訴人玉井みや子、同瀬下由美子、同牛谷宏子、同長手基義及び同進藤正雄の自由な意思と判断に委ねられているというべきであり、本件議案に反対した右被控訴人らの株主権の行使が著しく正義に反し、権利の濫用に当たると認めることはできない。
したがって、控訴人の右被控訴人らに対する損害賠償請求関係も、すべて理由がない。
第四結論
よって、原判決が、控訴人の請求を全部棄却したのは正当であり、控訴人の本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 小林正 裁判官 萩原秀紀)